再考・ヴンダー趣味と理科室趣味2014年01月27日 21時19分32秒

五放射相称、維管束、総状花序、第三手根骨、斜方晶系、
角閃安山岩、脈翅目、ベイツ型擬態、古生代オルドビス紀、旧北区…

こうした言葉に魅かれるのが―より正確には、その向こうにある世界に魅かれるのが―いわゆる理科(室)趣味ではないでしょうか。
図書室で図鑑を眺め、理科室で標本を眺め、そこに象徴される知の世界に憧れ、自分もその世界をどこまでも探求していきたいと胸を膨らませた、あの日の記憶。

それ自体は科学的な営みでも何でもないにしろ、自分が今も標本の断片を身近に並べてみるのも、そうした感傷に支配されているせいだと思います。
この辺は人によっても違うでしょうが、少なくとも私にとっての理科(室)趣味とは、そうした色合いのものです。

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他方、ヴンダー趣味ということも度々口にしてきましたが、この辺は少し整理が必要かなあと改めて思います。そう思ったのは、最近、海外のヴンダー趣味の徒の生態をYouTubeで見られることに気づいて、頻繁に眺めているのですが、どうも彼我の違いは予想以上に大きいと感じるからです。

例えば、以下の動画。
(以下、画像は単なるキャプチャーなので、動画はリンク先をご覧ください。)


Unusual places in Paris : Visit of an old Chamber of Curiosities !
 
http://www.youtube.com/watch?v=Rfoad6K37rc

読んで字のごとく、パリ在住のヴンダーの徒のお宅訪問番組で、『Cabinets of Curiosities』(邦訳『奇想の陳列部屋』、河出書房)の著者として知られる、パトリック・モリエスの自宅も登場します。

あるいは、マンハッタンの高級アパートメントに暮らす男性。


■"Cabinet of Curiosities" In Manhattan
 http://www.youtube.com/watch?v=R3uwO9k11z0

はたまた、液浸標本や人骨を自慢げに披露する若い男性。


■Private Oddities Collection Tour

 http://www.youtube.com/watch?v=gkDixrEpy8M

関連動画をたどっていくと、他にもいろいろな人の「驚異の部屋」を見ることができます。そこには確かに標本類が並んでいます。鳥の剥製もあれば、昆虫標本もあり、壜の中で目をつぶる哺乳類もいます。

しかし、全体として見た場合、それらは理科室とはかなり異質の空間です。私のように驚異の部屋と理科室とをダイレクトに結び付けて考えるのは、現代にあっては少数派なのかもしれません。

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もう一度冒頭に戻ると、私にとっての標本類は、何よりも静謐な学問の世界を象徴するものですが、海の向こうのヴンダー趣味の徒が愛好する標本は、それとはむしろ反対向きのベクトルを持つものであり、彼らはそれが「グロテスクな美」を有し、強い生理的反応や情動を喚起するものであるがゆえに愛好しているように見えます(特に最後の男性はそうでしょう)。

もちろん、私はここで事の良し悪しを述べているわけではありません。
見た目は似ているけれど、そこに流れている論理はずいぶん違うよ、ということを指摘したいのです。たぶん、私は上の諸氏とは共通言語が乏しいし、上のような部屋で―特に猿の瓶詰を前に―心底くつろぐことはできないと思います(興味深いとは思うでしょうが)。

インターメディアテクを「驚異の部屋」や「ヴンダーカンマー」と呼ぶことは、一種の修辞としてはありえます。現に館長の西野氏自ら、そう呼んだこともあります。ただ(同館の図録に書かれているように)そこに陳列されているモノたちが「学術標本」であり、近代の学術体系を前提にしたものである限り、本来のヴンダーカンマーとは一線を画すと思います。虚心に見れば、それはやっぱり19世紀の自然史博物館にいちばんよく似ています。

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なんだか前にも書いたことを蒸し返しているだけのような気もします。
要はヴンダー趣味と理科(室)趣味は違うし、後者はヴンダーカンマーが滅失したあとに栄えた博物趣味の系譜に連なるものであり、インターメディアテクもそのともがらではなかろうか…ということを言いたかったのでした。

まあ、こういう議論はなかなかクリアに進まないもので、私自身、博物趣味とは無縁の珍物嗜好や尚古趣味がなくもない(大いにある)ので、本来の意味でヴンダーな要素が部屋に混入していることは進んで認めます。