2014年06月22日 07時00分14秒

夜の匂いが、濃く、つよく、鼻をうつ晩。

「ちょっと、そこのあなた。」

  え?

「あなた、ずいぶん煮詰まっているようですね。」

  何です、藪から棒に。いったい何でそんなことが分かるんですか?

「あなたが最近書いた文章を読ませていただきました。あなたはずいぶん分かりやすい人ですね。あなたは有限の生を前にして、今思い悩んでおられる。そして人生の一回性におののき、別の生、別の可能性に憧れていますね。決してあるはずのない可能性に。そして空想の世界に逃げ込み、現実を拒否して、何か正しくないことをたくらんでいらっしゃる。」

  たくらむだなんて、そんな…。

「どうです、こんなゲームをしてみませんか?
あなたの前には、今こうして2枚のカードが置かれています。あなたはそのどちらを引くこともできる。カードに描かれた絵柄を見て、好きな方を選べばいい。これ以上ないぐらい簡単なタスクですね。」



「ただ、問題はあらゆるカードには裏面があることです。カードを引けば、あなたにはカードを裏返す権利が与えられる。―いや、正確には義務というべきでしょう。裏にはあるメッセージが書かれているのですが、さて、あなたにそれを読む勇気があるかどうか?言い忘れましたが、あなたには、どちらのカードも引かないという、第3の選択肢も与えられているのですよ。

世間には、表の絵柄から裏のメッセージが読み取れると主張する人もいます。表の絵柄こそ、裏のメッセージを解くカギであり、仄めかしであると。その主張を否定する根拠はありません。しかし、このゲームの歴史が教えるところによれば、それに成功した人はかつて一人もいません。」

  ………。

「ははは。いじわるな問いでしたね。もちろん、私にはあなたがどんな選択をするのか、最初から分かっていますよ。何せ、私はあなたなのですから。」

夢のつづき2014年06月22日 18時02分58秒

「私はあなただ」と名乗る男と、しばし無言で対峙し、夜の匂いが極限まで強まった瞬間、東の空にかすかな青味が差してくるのが望まれました。


…では、こちらのカードを引かせてもらいましょう。

「ほう、本当にいいのですか?」

ええ。実を言うと、今の今まで、私はどちらのカードも引かないつもりでした。

「私もてっきりそうだと思っていましたよ。」

へえ、あなたの予想も外れることがあるんですね。面白いな。
…私がこちらのカードを引くわけは、単にこの絵柄が気に入ったからです。私にとって、裏のメッセージはどうでも良いのです。この絵柄のカードを手に入れたい、それだけの理由で私はこのカードを選ぶことにします。

「結構です。それを聞いて私もとても嬉しいです。さあ、どうぞ。」

ありがとう。

「では、裏のメッセージもお読みください。もっとも、今のあなたには意味のないものでしょうがね。 では、私はこれで失礼します。そのカードは差し上げますので、大切にお持ちください。またお会いすることがあるかどうかは分かりませんが、どうぞお元気で。」


人気のない街角に男の姿は消え、空は透明な青へ、さらに薄紅色へと変わりつつありました。