標本ラベルが語るもの2014年11月03日 08時49分40秒

快晴。文化の日はいわゆる「特異日」の1つだそうですが、こうきれいに雨が上がると、ちょっと妙な気分になります。

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さて、昨日の記事で標本ラベルの話が出たので、連想で話を続けます。

先日…といっても9月のことですが、名古屋のantique salon さを訪ねた際のことです。店頭に置かれた商品について、いろいろお話を伺った際、薄緑色の紙製小箱に入った、大量の鉱物・化石標本(アンモナイト)に、たまたま談が及びました。

それらは、店主の市さんが一括してフランスで買い付けされたもので、出所・来歴が今ひとつ明瞭ではないものの、全体の様子からすると、とても素人の手慰みのコレクションとは思えない、いったいこれは何だろうか…そんな話になりました。

「それに、こんなものがいっぱいあるんですよ」と見せていただいたのが、大量の標本ラベルです。上記の緑の小箱には、それぞれラベルが貼付されていますが、それとは別に、途中で標本とはぐれたらしいラベルがたくさんあって、それだけでちょっとした一山ができています。


「うーん、これは調べれば何か分かるかもしれませんね」と言って、お借りしてきたのが上の3枚。こういうことには、わりと熱中する性質なので、家で検索三昧した顛末を、市さんにメールで報告した内容が以下。

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さて早速ですが、例の化石のラベルの件、どうやら分かりました。


まず、Nで始まる読みにくい人名は、René Nicklès(1859-1917)で、フランス語版ウィキペディアにも出てくる、立派な地質学者です(http://fr.wikipedia.org/wiki/Ren%C3%A9_Nickl%C3%A8s)。

それによると、ニクレは1893年からはナンシー大学理学部で地質学講師を務め、1899年には助教授に任ぜられたとあります。また1890年から94年にかけて、スペイン産の白亜紀のアンモナイトを研究していたともあって、あの標本の素性はいよいよ確かなもののようです。


そしてもう一人のAuthelinという人物についてですが、ニクレには『Charles Authelin, 1872-1903, ses travaux scientifiques シャルル・オテラン(1872-1903)、その科学的業績』(1904)という著作があり、この人物に相違なかろうと思います。

オテランは、1901年の以下の紀要論文にその名が見えますが、そこでは「ナンシー大学理学部助手(préparateur à la Faculté des sciences de l'Université de Nancy)」の肩書になっており、たぶんニクレの下で研究していたのでしょう。そしてニクレは、この若くして亡くなった弟子をいたんで、上記文集を編んだのだと思います(http://documents.irevues.inist.fr/bitstream/handle/2042/28625/ALS_1901_3_21.pdf?sequence=1)。

ともあれ、あの標本群は、箱やラベルも含めて、非常に素性のよい、学問的に貴重なものと思います。どなたか専門の方に引き取られるのが一番いいのでしょうが、なかなか悩ましいところですね。

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上の最後の一文は、この標本を購入する人がなかなかいなくて…という、市さんの嘆きに答えたものです。問題の標本は、同店の販売ページ(↓)でも一部紹介されていますし、まだ在庫はたくさんあると見受けましたので、「博物学全盛期の本当に本物の学術標本」を欲する方は、購入を検討されて良いのではないでしょうか。

specimen(標本)antique salon


(あいつは、antique salon に幾らかつかまされたんじゃないか…と邪推される方がいるかもしれませんが、そんなことはありませんよ。でも、結局3枚のラベルは、そのまま私の元に来ました。だとしても、利益相反には当たりますまい。)