12月の星座…ノリッジの街角から ― 2015年12月25日 19時16分07秒
年明けから始まった、季節の星座めぐりも、いよいよ今日で終わりです。
今日はイングランド東部の古都、ノリッジから見上げる星空。
今日はイングランド東部の古都、ノリッジから見上げる星空。
(11世紀に完成した大聖堂はノリッジのシンボル)
以下、キャプションより。
「12月の星空。この星図を使って、皆さんは12月中旬から1月中旬までの星座を学ぶことができます。皆さんは今、ノリッジの町から南を向いているところです。図の左手には大聖堂が見えています。図中の下線を引いた恒星・星団・星雲は、ぜひ望遠鏡や双眼鏡、オペラグラスを使って眺めてごらんなさい。」
星図の編者がお勧めする天界の見所は…
アンドロメダ座の大銀河とガンマ星アルマク(二重星)、
ペルセウス座の二重星団、
ふたご座の主星カストル(多重星)、
おうし座をいろどるプレアデスとヒアデスの二大散開星団、
そしてオリオン座の大星雲。
ペルセウス座の二重星団、
ふたご座の主星カストル(多重星)、
おうし座をいろどるプレアデスとヒアデスの二大散開星団、
そしてオリオン座の大星雲。
冬の星空は一等星が居並び、肉眼で見てもほれぼれしますし、レンズの助けを借りれば、都会でもハッとするほど美しい光景を目にすることができます。
空気の澄んだ晩、庭やベランダにデッキチェアを持ち出して、双眼鏡を片手に宇宙の散歩を楽しむ…これは冬なればこその、ささやかな贅沢です。
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さて、こちらも恒例の「今日は何の日」。
以前も書いた通り、この星図を収録したイギリスの児童用百科事典は、1949年に出たものらしいです。アメリカの羽振りの良さとは対照的に、戦勝国であるはずのイギリスも、当時は物資の窮乏が甚だしく、食料は配給制で、肉は1週間に1世帯あたり60グラム足らず、玉子は1か月に1人1個に限られていた…ということが、古書をめぐる心温まる往復書簡集『チャリング・クロス街84番地』に書かれていたのを思い出します。
それだけに、戦争の記憶は生々しく、歴史の叙述に先の大戦に関する事項が多いのも頷けます。なればこそ、今日12月25日はクリスマスであると同時に、1941年に日本が香港を占領した日であり、明日26日はボクシング・デー(クリスマス明けの祝日)であると同時に、1944年にソ連軍がブダペストを完全包囲した日であることが、強調されているのです。
見も知らぬ2千年前の人の誕生日は忘れないのに、70年前のことを、世間はすっかり忘れている…まあ、こういうことは世の中にいくらでもあるので、さかしらを言う必要もありませんが、やっぱりちょっと不思議なことです。
★
こうして星の巡りとともに、1年が暮れようとしています。
天上の星と、地上の人の営みの対比を鮮やかに見せてくれた12枚の星図に感謝しつつ、この続き物を終わりにします。
天上の星と、地上の人の営みの対比を鮮やかに見せてくれた12枚の星図に感謝しつつ、この続き物を終わりにします。
渾天儀・補遺 ― 2015年12月26日 08時34分46秒
先日、2回にわたって中国の渾天儀とその模型について記事を書きました。
■出でよ渾天儀(1)、(2)
昨日、そちらのコメント欄で、Haさんから、南京の紫金山に置かれた渾天儀について、香港科学館が発行した『中国古代天文文物精華(中文版)』(葉賜權・編著、2003)に、その各部名称が、くわしい図解入りで載っていることを教えていただきました
私が正式名称不明として、仮に「分点環」、「至点環」と呼んだリングは、同書では「二分圏」、「二至圏」となっている由。「圏」は「環」に通じるので、Haさんのご教示に従い、ここでは「二分環」、「二至環」とするのが適当と思われますので、記事の方にも割注を入れておきました。
Haさんは、該当ページの詳細をアップされているので、ぜひ併せてごらんください。
これによると、上の「二分環」「二至環」以外にも、先の記事中での呼称と、現代中国語によるそれとに異同を生じている例が多いので、参考までに比較対照しておきます。以下、青字が、香港科学館の資料中での呼称です。
▲第一の球核(六合儀)
・地平環 → 地平圏
・天経環 → 天元子午圏
・天緯環 → 天常赤道圏
・地平環 → 地平圏
・天経環 → 天元子午圏
・天緯環 → 天常赤道圏
▲第二の球核(三辰儀)
・赤道環 → 遊旋赤道圏
・黄道環 → 黄道圏
・分点環 → 二分圏
・至点環 → 二至圏
・赤道環 → 遊旋赤道圏
・黄道環 → 黄道圏
・分点環 → 二分圏
・至点環 → 二至圏
▲円盤(四遊儀)
・黒双環 → 四遊圏
・直距 → 天軸
・玉衡 → 窺管
・黒双環 → 四遊圏
・直距 → 天軸
・玉衡 → 窺管
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また、この資料によって、四方から渾天儀を支える「飛龍柱」と共に、渾天儀の真下にあって、直下から球体を支えているデコラティブな柱の名称が「鼇雲柱(ゴウウンチュウ)」であることを知りました。
「鼇(ゴウ)」とは大亀の意で、海中に住み、神仙の住む蓬莱山を支えているという伝説の動物です。件の柱をよく見たら、なるほど下の方に亀がいます。そして、柱の途中でにょろっと丸まっているのは、この亀が口から水を吹いている様を表現しているのでした。
西洋では大地の神・アトラスが、天球儀を支えていたりしますが、東洋では亀。
この亀―あるいは魚・蛙・蛇など、水の性を帯びた生物―が世界を支えているという観念は、どうやら汎アジア的なものらしいです。
と同時に、彼らは大いなる過去、すなわち世界が生まれる前の世界を象徴しており、天空と未来を象徴する鳥たちと対になっている…という趣旨のことが、伊藤清司氏の「亀蛇と宇宙構造」(岩田慶治・杉浦康平(編)、『アジアの宇宙観』、講談社、1989所収)には説かれていました。
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にわか神仙と化し、宇宙をたなごころにした気分をちょっぴり味わえました。
歳末風景 ― 2015年12月27日 17時05分16秒
今日は空気がきりっとした、明るい冬晴れの一日でした。
青空が美しく、風はあまりないのに、雲はひゅんひゅんと飛ぶように流れ、こんな日はきっと凧がよく揚がるだろうと思いました。
青空が美しく、風はあまりないのに、雲はひゅんひゅんと飛ぶように流れ、こんな日はきっと凧がよく揚がるだろうと思いました。
気持ちのいい日だったので、地下鉄に乗って用足しに出かけた後、静かな町を縫うようにして、ぶらぶらと歩いて家まで帰ってきました。
あちこちの庭先では、みかんの木が黄金色の実をつけてつやつやと輝き、
枝おろしの庭師は、家の主と朗らかに言葉を交わし、
公園では、陽だまりで子供たちがドッジボールをしていました。
枝おろしの庭師は、家の主と朗らかに言葉を交わし、
公園では、陽だまりで子供たちがドッジボールをしていました。
かさこそと道端で音がしたので、何か紙屑でも飛んできたのかと思ったら、それは大きな朴の木か何かの葉っぱで、改めて目を凝らしても、その通りには人為的な雑物の影は何も見えないのでした。
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平和というのは実にありがたいものです。
この世に悲惨や不正義がはびこっているのは紛れもない事実であり、人間は過去も現在も、それに対して絶えず戦いを挑んでいるようなものですが、それに立ち向かうときの出発点は、やはり平穏で何気ない日常であってほしいです。そして、それこそが最強にして唯一の武器ではないか…ということを、丸いみかんと子供たちの歓声に思いました。
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あんまり理科趣味とは関係ないことを書いたので、おまけとして「平和な生物」を探してみました。
パパッと検索してみると、学名に「平和(patriciae)」を含む種類はいろいろいて、カエル(Eleutherodactylus patriciae)や、巻貝(Drillia patriciae)や、小魚(Pachypanchax patriciae)や、サボテン(Sulcorebutia patriciae)や、パイナップルの仲間(Aechmea patriciae)なんかが、「平和な生物」らしいです。
こうして見ると、あまり派手な連中はおらず、世界の片隅でいかにもひっそりと生きている仲間が多いようです。結句、平和とはそうしたものでしょう。
「彼」のこと ― 2015年12月28日 21時03分55秒
今日が仕事納めだった方も多いことでしょう。
お互いやれやれですが、まあ何はともあれ一年間お疲れさまでした…と、ご同輩にねぎらいの言葉を贈りたいと思います。
お互いやれやれですが、まあ何はともあれ一年間お疲れさまでした…と、ご同輩にねぎらいの言葉を贈りたいと思います。
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私も何だかぐったりと疲れました。
こういうときは音楽を聞きながら、いつもの部屋で、いつもの彼と一杯やると。
こういうときは音楽を聞きながら、いつもの部屋で、いつもの彼と一杯やると。
見かけはあどけない子供ですが、実年齢からすれば、彼もだいぶ人生に疲労を覚えてきた頃でしょう。はたからは箱入り息子のように思われながら、人知れぬ苦労も随分重ねてきたはずです。
いつも何かにじっと耐えながら、瞳に万感の思いを込めて立っている彼は、つい弱音を吐く私よりも、たしかにずっと大人です。ああ、私も彼のようになりたい…とは思わないですが、こういうときに愚痴を聞いてくれる相手がいるのは、とても心強いことです。
悔悟と迷いと不安と―。
長い冬の夜、彼と話すべきことは山のようにあります。
長い冬の夜、彼と話すべきことは山のようにあります。
暦を買う ― 2015年12月29日 08時52分19秒
歳末の風物詩といえば、新しいカレンダーを買うこともその一つ。
俳句で「暦売り」は、冬の季語となっています。
俳句で「暦売り」は、冬の季語となっています。
打ちつゞく 寒き好き日や 暦売 松根東洋城
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皆さんはもう買われたでしょうか。
もしまだの方は、こんな一風変わった品を検討されてはいかがでしょうか。
もしまだの方は、こんな一風変わった品を検討されてはいかがでしょうか。
(「Anaptár ― 芸術と科学が出会うところ」。http://anaptar.com/)
ハンガリーのグラフィック・デザイナー、Anna Farkas氏が手掛けた天文カレンダー、「Anaptár(アナプタール)」。100×70cmサイズの、1枚物のポスター形式の暦です。
上記リンク先のページにある「SHOP」から購入可能です。
(同封のフライヤー)
私も1枚買いました。定価は35.43ユーロ、約4,600円と、決して安いものではありませんが、送料は無料でした。
このカレンダーは「Radial Calendar」(放射状カレンダー)の一種です。
すなわち、1年を円で表現し、円周を366分割して(来年はうるう年です)、各日ごとに様々な天文情報を表現し、それらが連続的に変化することで、グラフィカルで美しい曲線や模様が画面に浮かび上がっています。
すなわち、1年を円で表現し、円周を366分割して(来年はうるう年です)、各日ごとに様々な天文情報を表現し、それらが連続的に変化することで、グラフィカルで美しい曲線や模様が画面に浮かび上がっています。
表現されているのは、月の満ち欠け、日の出・日の入り、月の出・月の入り、太陽と月の南中時刻、常用薄明(太陽が地平線下マイナス6度までの位置にある時間帯)、地球-月の距離変化、月の高度(赤緯)変化、月の近地点・遠地点・交点(黄道と白道が交わる昇交点と降交点)の表示…etc.
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なかなか情報量豊富ですが、このカレンダーには1つ残念な点があります。
それは日本対応版がないことです。
それは日本対応版がないことです。
上記データは観測地点によって異なるため、このカレンダーは世界の各都市に対応したものが作られているのですが、現在あるのはブダペスト、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、コペンハーゲン、ウィーンだけです。
(今回購入したのは、グリニッジへの敬意と言語表記の問題からロンドン版です)
したがって、買ってもそのまま使えるわけではありません。
しかし、ポスターフレームに入れて、アート作品として観賞するだけでも、この作品の存在意義は十分あります。
しかし、ポスターフレームに入れて、アート作品として観賞するだけでも、この作品の存在意義は十分あります。
(来年の1月1日と、それに接する来年の12月31日)
(カレンダーの中心には美しい星図が置かれています)
…と言いつつも、今の部屋には、それだけのスペースがありませんし、たとえ一時的にせよ広げて眺めることもなかなか困難です。
なんだか全く無駄のようですが、積ン読本には積ン読本の効用があるように、丸めたままのカレンダーにも、それなりの意味はあるものです(それが何かは即答できませんが)。
航海暦の話 ― 2015年12月30日 15時35分19秒
昨日の暦は、ペランとした1枚きりのものでしたが、暦の中にはすこぶる分厚いものもあります。見慣れた日めくりもそうですし、1767年から発行が始まった「航海暦」もその一つです。
手元にあるのはイギリスで発行された1846年用。今からちょうど170年前のものです。
その中身はと云えば、ひたすら数字が並んでいるだけで、あまり面白いものではありませんが、その歴史的背景はなかなか興味深く、応用天文学の発展と、機械技術の進歩のあとをそこに読み取ることができます。
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航海暦とは、海をゆく船舶が、自らの位置を正確に知る目的で編まれたものです。
この数表から、いったいどうやって船の位置を知るのか?
この数表から、いったいどうやって船の位置を知るのか?
ここでいう「位置」とは、要するに経度と緯度のことです。
緯度の方は簡単です。
例えば北極星の高度は、赤道では0度、北極点では90度、要するに現在地の緯度と等しいので、北極星を見ればすぐに緯度は分かります。北極星が見えない時でも、既知の恒星の南中高度を測定すれば、簡単な計算で緯度は判明します。
例えば北極星の高度は、赤道では0度、北極点では90度、要するに現在地の緯度と等しいので、北極星を見ればすぐに緯度は分かります。北極星が見えない時でも、既知の恒星の南中高度を測定すれば、簡単な計算で緯度は判明します。
問題は経度です。
いや、経度だって、原理的にはそう難しいことではありません。
地球は24時間で1回転しているので、今いる場所の現地時間が分かれば(これは太陽や星の位置観測から求められます)、それと基準地点、たとえばロンドンやパリの標準時刻とのずれから、ただちに経度差を知ることができます。たとえば現地時間が標準時よりも6時間進んでいれば、基準地点よりも今90度東にいる…と言えるわけです。
いや、経度だって、原理的にはそう難しいことではありません。
地球は24時間で1回転しているので、今いる場所の現地時間が分かれば(これは太陽や星の位置観測から求められます)、それと基準地点、たとえばロンドンやパリの標準時刻とのずれから、ただちに経度差を知ることができます。たとえば現地時間が標準時よりも6時間進んでいれば、基準地点よりも今90度東にいる…と言えるわけです。
ここで直面する難問は、「今、標準時では何時なのか」をどうやって知るかです。
もちろん、標準時に合わせた正確な時計があれば、それを参照すればよいし、あるいは無線があれば、直接無線で聞くこともできます。しかし実用的な精密時計(クロノメーター)が発明されたのは、やっと18世紀も後半のことであり、無線通信の誕生は、さらにその100年後のことです。
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では、昔の人はどうしたのか?
「もし標準時を示す巨大な時計が空に浮かんでいて、地球上のどこからでも見えたら…」というのが、そのヒントであり、答でした。つまり、天文現象そのものを時計代わりに使おうというアイデアです。
ガリレオが17世紀の初めに考えたのは、彼自身が発見した、木星の衛星の食現象を利用する方法です。木星の衛星が、木星本体に隠れる「食」は、当時でも十分な精度で予測でき、事前に標準時刻によるタイムテーブルを作っておくことが可能でした。地球上の別の地点で食現象を観測し、その現地時刻と標準タイムテーブルとのずれを見れば、上に述べたような次第で、簡単に経度差を計算することができます。
(1846年の航海暦にも、土星の衛星の食は詳しく書かれています。)
カッシーニ率いるパリ科学アカデミーが取り組んだ方法がこれで、17世紀の終わりまでに、それは十分満足の行く成果を挙げました。ただし、それは陸上からの観測に限られており、揺れる船の上で、しかも大がかりな装置を使わずに経度を知る方法は、18世紀まで宿題として持ち越されたのでした。
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船舶の現在位置を知る方法は、世界進出を果たした当時の二大強国、イギリスとフランスにとって一大関心事であり、両国は経度決定の方法を考案した者に、莫大な賞金を出すことを約束していました。イギリスの風刺画家、ウィリアム・ホガース(1697-1764)が描く精神科病院の場面に、経度決定に取りつかれた狂者が描かれているのは、これが背景にあるそうです。
(ホガースが1735年に発表した連作、「放蕩息子一代記」より第8図(部分)。地球儀の脇にある「Longitude(経度)」の文字に注目。 出典:『ホガースの銅版画』、岩崎美術、1981)
その後、18世紀の偉大な才が、それに応えて生み出したものは、2つあります。
1つは船舶用クロノメーターの発明です。これによって、標準時を地球上のどこにでも、自由に持ち運ぶことができるようになりました。あとは精密な現地時刻が分かれば、経度も自ずと求まります。
もう1つが、天球上での月の位置を正確に測定し、それを時計代わりに用いる方法、すなわち「月距法」の開発です。その原理は、既に16世紀には知られていましたが、実用化には250年もかかりました。そして、そのための道具が、18世紀に生まれた六分儀と航海暦だったのです。「月距法」は、クロノメーターの開発と並行して進められ、それを補完するものとして、クロノメーター誕生後も、長く用いられました。
周知のように、月の出は毎日50分ずつ後ろにずれていき、約28日でもとに戻ります。つまり、28日周期で天球をぐるっと1周するわけです。これは相当早いスピード(角距離にして毎時0.5度)ですから、天球上での月の位置そのものを、時計の針として使うことができます。より具体的には、月とその移動経路付近にある恒星との角距離を測定し、事前に公刊された表と比較すれば、観測を行なった際の標準時が分かる理屈です。
(ここで基準星となっているのは、ポルックス(ふたご座)、レグルス(しし座)、スピカ(おとめ座)、そして太陽。それぞれの恒星と月との角距離が、3時間ごとに詳細な表になっています。)
この「事前に公刊された表」が、航海暦を意味することは言うまでもありません。そして、この月の精密な位置予測を可能にしたのが、観測天文学と天体力学の長足の進歩であり、これは科学の偉大な勝利です。一方、クロノメーターと六分儀の発明は、賞賛に値する技術の勝利でした。
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まあ、あまり18世紀を持ち上げすぎるのも危険で、そこには現代に通じる、科学万能主義の矛盾の萌芽もきっとあることでしょう。
ただ、この一見退屈な表の向うに、18世紀の知性の光がまばゆく輝いているのも確かで、素朴に振り返る時、人間とはいかに才覚に富んだ動物であるか、感嘆の声を上げるのにやぶさかではありません。
【参考】
○デレク・ハウス(著)、橋爪若子(訳)、『グリニッジ・タイム』、2007、東洋書林
○斉田博(著)、『おはなし天文学2』、2000、地人書館
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