理科室アンソロジー(7)…オリヴァー・サックス『タングステンおじさん』2006年10月20日 06時22分00秒

理科室好きが極端に嵩じると、ついには自分だけの理科室を欲するまでになります。稲垣足穂の「水晶物語」も、そんな小学生が主人公でした。
他にも似たような子どもの姿を追ってみます。

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○オリヴァー・サックス『タングステンおじさん ― 化学と過ごした私の少年時代』
 (早川書房、2003; 原著は2001年刊行)  第7章 「趣味の化学」より

「いまや、自分の実験室が欲しくてたまらなくなっていた― デイヴおじさんの実験室ではなく、うちの台所でもなく、自分ひとりで思うぞんぶん化学実験のできる場所が。

まずは、輝コバルト鉱や紅砒ニッケル鉱、マンガンとモリブデンあるいはウランとクロムが混じった鉱物を手に入れたかった。どれも一八世紀に発見された魅力的な元素を含んでいる。それらを細かく砕き、酸で処埋して火であぶり、還元して、とにかくこの手で金属を抽出してみたかったのだ。

〔…〕そこで私は、家に自分専用の小さな実験室を設けた。使われていない部屋を譲り受けたのだ。

〔…〕デイヴおじさんは、いろいろな器具を選ぶのに細かくアドバイスをしてくれた。試験管やフラスコ、メスシリンダー、漏斗、ピペット、ブンゼンバーナー、るつぼ、時計皿、白金リング、デシケーター、吹管、レトルト、スパチュラ、天秤といった器具についてだ。酸やアルカリなど基本的な試薬のアドバイスもくれ、試薬をいろいろなサイズの栓付きびんに入れて工場の実験室から分けてくれもした。びんにはさまざまな形や色があって(濃緑色と茶色のは光に敏感な物質を入れるびんだった)、磨りガラスの栓がぴったりはまっていた。」

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オリヴァー・サックス(1933~)は、『レナードの朝』『妻を帽子とまちがえた男』等の医学エッセイで有名な脳神経科医。

本書は、フィラメントの製造に従事し、「タングステンおじさん」のあだ名で呼ばれた叔父のデイヴに導かれ、化学のとりことなった著者の少年時代の回想記です。

私(ブログ主)の興味は、ついつい試験管やフラスコ、ビーカーの「姿形」に向いてしまい、その「用」にまで向きません。そこが「理科室趣味」たるゆえんで、つまりは基本的にフェティッシュなんですね。

いっぽうオリヴァー・サックスの方は(と較べるのも僭越ですが)、さすが本格的な理科少年だけあって、実験器具に囲まれればそれで満足…というレベルにとどまらず、ディープな「実験趣味」への道を歩みました。


「いや、しかし…」と、今ふと思ったのですが、もし、私の身近にもデイヴおじさんがいたら、私の趣味嗜好はまた違ったあり方をしていたかもしれません。その辺はまさに「縁」としか言いようがないものでしょう。