睡沌氣候(スイトンキコウ) ― 2012年01月12日 05時48分21秒
透明で硬質な叙情、星や鉱物への憧憬は、賢治や足穂を水源として、フープ博士やクシー君という大湖を形成し、さらに後続の若い世代にもしっかり受け継がれているようです。
クシー君の生みの親、鴨沢祐仁氏が逝って今日でまる4年。
その衣鉢を継ぐ…と思える作家が、コマツシンヤ氏です。
アマゾンのレビューに、「佐々木マキさん、鴨沢祐仁さん、たむらしげるさんの系統を引き継ぐ存在で、お三方の好きな読者にはとても好感が持てると思います」とあったのに惹かれて、最近その作品集『睡沌氣候』(青林工藝舎、2011)を読みました。
氏の作品世界は、この表紙絵に遺憾なく凝縮されています。
星図、月、蛾、甲虫、キノコ、粘菌、化石、卵、種子
薬瓶、抽斗、鉱物、結晶、時計、歯車、電球…
氏は間違いなくオブジェが、そしてそれらの集まった夢の町が好きなのでしょう。
巻を開いてみます。
たとえば一切セリフのない作品、「サイクリングライフ」。
森を越え、砂漠を越え、大都会をよぎり、星を越え、はるか銀河のかなたまで伸びるサイクリングロードを、ひたむきに自転車で走り続ける少年。その寂寥感が深く印象に残る作品です。
あるいは一瞬で消える運命の、極微の世界の住人たちが、時空を超えて集めたチェス駒を使って、世界が終るまでのひとときを勝負に打ち興じる「最期のゲーム」。
わずか8ページの掌編ですが、ここには時空の不思議な入れ子構造と、他の自己作品への言及が複雑に絡み合い、読了後、思わずめまいをおぼえます。
なんとも不思議な才能です。
★
コマツ氏の個人的ことは何も存じ上げませんでしたが、検索したらご自分のサイトを開設されていました。
プロフィール欄には、1982年の生まれだとありますから、今年ちょうど30歳。
昔の作家さんは皆東京を目指しましたが、コマツ氏は一貫して高知県の、それもかなり自然に近い環境で暮らしていらっしゃるらしく、その辺がかえって今風という感じです。
上で「衣鉢を継ぐ」と書きました。
DIARYを読むと、たしかに鴨沢氏や足穂への言及がありますし、また別のインタビュー記事(http://manganavi.jp/interview/creator/20081022/index.php?p=1)の中では、「特に強い影響を受けたマンガ」として、たむらしげる氏と佐々木マキ氏の名前を挙げています。したがって、それらの影響圏内にあるのは確かですが、もちろん氏の作品はそれにとどまらず、唯一無二の世界観を確立していると感じます。
本当に楽しみな作家の登場です。
作品密度の濃さから、量産は望むべくもありませんが、読者の勝手な希望としては、この質を維持しながら、息長く制作を続けていただきたいものです。
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