雨に備える2014年06月07日 09時11分22秒

梅雨らしい梅雨ですね。
降り詰め…ではないにしろ、降ったり止んだりを繰り返しています。
皆さん、雨への備えは万全でしょうか。
私も雨の季節に備えて、1冊の本を買いました。



■『日本の名随筆43 雨』
 中村汀女(編)、作品社、1986

雨にちなむ文章を編んだアンソロジー。
登場する筆者は、篠田桃紅、池田満寿夫、宮本輝、若山牧水、永井荷風、樋口一葉、山口瞳、岡本かの子、團伊玖磨…ほか多数。
雨の音を聞きながら、窓辺で読むにはもってこいの1冊です。


ときに、この「日本の名随筆」シリーズ。
タイトルとなっているテーマが異常に多くて、私がこれまで読んだのは、『星座』と『老』ぐらいですが、他にも雪もあれば風もあり、酒とくれば肴、男には女、花に鳥、犬と猫、山、海、月、虫、夢、死、婚、葬、友、客、貧、時、駅、悪、噂、嘘…等々、どんな気分のときでも、心にかなう1冊が見つかりそうな気がします。


コメント

_ S.U ― 2014年06月07日 14時24分42秒

>雨にちなむ文章

 玉青さんがお好きな雨にちなむ文学は何ですか。

 私は、『枕草子』の「雨など降るもをかし」が、さりげなく日本情緒を凝縮していて好きです。それから、北原白秋の童謡の最終コーラスの「雨がふります 雨がふる 昼もふるふる 夜もふる 雨がふります 雨がふる」もシンプルなインパクトがあって大好きです。

_ 玉青 ― 2014年06月08日 10時23分20秒

雨にちなむ文学というと、幸田露伴の「観画談」、それにレイ・ブラッドベリの「長雨」を思い出します。いずれもごく短い作品ですが、前者は豪雨の中、古刹の一室で一幅の絵と対面し、人生の真実を豁然と悟るという不思議な設定が、後者は永遠に雨が降り続く金星をさまよう軍人一行のやるせなさと、ついには狂気に侵される恐怖の描写が、とても印象深かったです。

_ S.U ― 2014年06月09日 06時58分51秒

この時期に適した情報をありがとうございます。幸田露伴の「観画談」の無料電子版が見つかり、昨日は天気もちょうど良かったので(雨)、さっそく読んでみました。激しい雨が人生を変えるほどの印象を与えてしまうこともあるのでしょうか。

 ところで、例によってちょっと脱線してすみませんが、もしご存じならということで、また質問をさせてください。

 この露伴の「大器晩成先生」も夏目漱石先生も、この時代の人は、「神経衰弱」で「胃弱」で「癇癪持ち」になって、それが慢性化することがあったようです。それでも、仕事を続けたり旅に出たりものを書いたりすることは可能だったようですが、この「神経衰弱・胃弱・癇癪持ち」は、現代でいうところの何という病気だったのでしょうか。それとも今はなくなった病気なのでしょうか。

_ 玉青 ― 2014年06月10日 05時28分15秒

作品もそうですが、私はあの大器晩成先生という人物が好きです。
あの出来事の前の暮らしぶりも、その後の生き様も、大いに尊敬できます。

さて、お尋ねの件についてですが、おそらく大雑把には「ストレス障害」と診断されるんじゃないでしょうか。そしてさらに個々の状態を見て、「心因性抑うつ状態」とか「ストレス性胃炎」とラベリングされると思います。

ときに、明治の御代には、何でも「神経」で済ませましたね。「そりゃあなた、神経のせいですよ」と。もっと昔は「うむ、およそ気鬱の積もったせいでござろう」などと、気鬱の一語で片づけた時代もあった気がします。そして今はストレスです。「まあ、ストレスによるのでしょうな」と。
そういう風に言えば、言った方も、言われた方も、何となく分かった気になりますが、実際には何も分かっちゃいません。そしていつの時代も、処方は「少し休養するのがよろしい」。それはこの上もなく正当な助言に違いありませんが、でもそんなことは「専門家」に教えを乞わなくても、ご当人がいちばんよく分かっているでしょう。

いささか皮肉な書きぶりになりました。ストレス学説というのは、一応学問的裏付けがあるので、あんまりけなしてはいけませんが、「万病一毒説」のごとく、「何でもストレス」というのは、ちょっと違う気がしています。

_ S.U ― 2014年06月10日 06時43分08秒

>大器晩成先生
 私には、こんな鷹揚・泰然としてかつ挑戦心のある先生が神経の病気にかかるのか、と思うくらいでしたが、人誰しもいろいろとあるのでしょう。

ご教示どうもありがとうございました。
時代とともに変わって、気鬱→神経→ストレス、ですか。「神経」は、杉田玄白が創始したオランダ語(セニュ)の訳語で、以前の東洋医学にはなかった概念だそうですから、進歩の有り難みのある言葉です。

>「何でもストレス」かと言えば
 一転して、現代では、「ストレス」には何の有り難みもなく、「ストレス障害」で転地療養を試みる人もごく少なくなったでしょう。転地は療養になるどころか、メールが来てかえってストレスがたまるばかりかもしれません。困ったことです。
 一方、医学の発達によって、ストレスがトリガーで悪化する病気でも、ヘリコバクター・ピロリが胃炎を起こしたり、内分泌代謝疾患に多くの遺伝子や化学物質が関係していることがわかってきて、別方面から積極的な治療ができるようになったので、昔の人が聞くと驚くようなことも多いでしょう。こちらは良い時代になりました。

_ 玉青 ― 2014年06月11日 06時07分51秒

あはは。確かに神経に比べ、ストレスにはあまり有難味がないですねえ。
円朝の怪談噺「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」は「神経」のもじりで、伝統的な幽霊譚に、新時代の光(サイコドラマ的解釈ということでしょうか)を当てたのだと言いますが、ストレスが芝居の外題になったりなんてことは決してないでしょう。
(「ストレスホラーの傑作!」なんて、最初から観る気をそがれます。)

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック