夢の神戸…カテゴリー縦覧:新本編2015年04月29日 21時05分09秒

今、モノを通じて足穂の世界に沈潜する準備を進めています。
そのせいもあって、記事の更新やコメントへのお返事が滞りがちです。
失礼の段、どうぞご容赦願います。

さて、足穂世界の舞台といえば必然的に神戸なので、改めてこんな本を読んでいました。


■西 秋生(著)
 『ハイカラ神戸幻視行―コスモポリタンと美少女の都へ』
 神戸新聞総合出版センター、2009

本書は、神戸を舞台にした文学論…というか、文学に材を取った神戸論です。
その俎上に載っているのは、稲垣足穂、谷崎潤一郎、竹中郁、江戸川乱歩、横溝正史、西東三鬼等々で、さらには小出楢重や小松益喜のような画家も登場します。


青い小路に月が佇み、白い流星が飛ぶ、幻影の北野界隈を描いた、戸田勝久氏の装幀が洒落ていますが、この辺からも想像が付くように、この本はとりわけ足穂にウェイトを置いており、全編にわたって、随所に彼が顔を出します。そして彼の盟友、モダニズム詩人の竹中郁(1904-1982)も。

…と言って、私は竹中郁のことを、これまでちっとも知らなかったのですから、お粗末きわまりない話です。“自分は旅行者として、これまで二、三度神戸を訪れはしたものの、実は神戸のことなど何一つ分かっちゃいなかったんだ”ということが、改めてよく分かりました。遅きに失した感はありますが、これからは、神戸のことをもう一寸知る努力をしなければ、と思った次第です。


足穂のことにしたって、「星を売る店」の舞台が、下山手通7丁目交差点付近に比定されている…なんてことも、この本を読むまで知りませんでした。


それにしても、神戸と呼ばれる街は、たしかに今でもありますが、戦前の神戸はそれとはまったく違う世界だった…ということも、痛感させられました。あの光り輝く豊かな街は、すべて軍靴と焼夷弾に呑み込まれて、戦後甦ることはついになかったらしいのです。まことに戦争とは恐ろしく、愚かしいものです。


足穂は大正頃に存在した現実の神戸を元に、イリュージョナルな都市を構築しましたが、その「現実の神戸」も、今となってはまったく幻の都市です。我々が「一千一秒物語」や「星を売る店」を読むとき脳内を駆けるイメージは、夢の中で見る夢のようなものかもしれません。そして、私はそれを何とか形にしようと、もがいているわけです。

コメント

_ S.U ― 2015年04月30日 08時25分05秒

>大正頃に存在した現実の神戸
 足穂の見た神戸と当時の現実の神戸が近いものなのか違うものなのかもう何ともわかりませんが、現代の読者にとってはどちらに夢の世界です。そういう意味では、映画に出てくる霧の上海租界も砂ぼこりの西部劇の町もそういう夢の中の町ですね。

 昭和14年頃の神戸が下町が舞台の、そしてけっこうハイカラな父ちゃんや兄ちゃんが出てくる映画「少年H」を見ましたが、神戸の街はそれほど夢の世界ではなく、私はちょっとガッカリしました。多少、時代が下っていますが、現実はその程度だったのかもしれません。足穂にしても、電車の架線の火花や三角屋根や外国人の少女に感応した想像部分が大きいかもしれないと思います。

_ 玉青 ― 2015年04月30日 21時43分55秒

戦前の神戸を今の我々が見たら、どんな感想を持つでしょうね。
意外にしょぼいと思うか、やはり驚きの目をみはるか?
あるいは当時の人が現代の神戸にタイムスリップしたら、どう感じるか?
まあ、一見した印象と、実際に生活した感想はまた違うかもしれず、この辺が今後の課題となりそうです。

_ kat ― 2015年05月01日 02時17分17秒

神戸と言っても街の雰囲気は、その地域で随分違います。今も昔もです。
足穂のお話の舞台の北野町や居留地辺りと少年Hが住んでいた地域では、かなり違います。
震災後、神戸の街は変貌しましたが、それでも夕刻の北野町を歩けば、三角のお月様が転がってきそうな路次があります。夏の夜、東公園に行けば生まれた星が夜空に飛び交いそうな気配です。
今の神戸も私には、素敵な街です。

_ 玉青 ― 2015年05月01日 06時49分25秒

katさま

素敵な本とご縁をいただき、ありがとうございました。
西氏の文章はまことに明晰で、本当に蒙を啓かれた思いです。でも、katさんのあの表紙がなかったら、手に取らなかったかもしれません。

東京も、大阪も、都市にはその内部に、いろいろな「顔」がありますね。
神戸の場合、西側がいわゆる下町で、工業都市・神戸を支えたエリアに当るのでしょうか(秀逸なデザインで愛惜措く能わざる神戸のマッチ産業も、あのエリアが地場と伺いました)。あまり観光客の目の向かないところですが、神戸という町を考える上では、それもまた重要な顔ですね。
西氏の著書でいうと、横溝正史の生い立ちがそことかぶっていて、彼は華やかな神戸の町も楽しんだ一方、生家のあった町については暗い記憶を吐露しているのが印象的でした。

さらに時間軸をめぐる神戸の陰影となると、記事ではあまり触れませんでしたが、やはり何と言っても『細雪』の世界の消失ということになるかもしれませんね。たぶん、今も豊かな神戸ライフはあり、サロン的な密な交流もあると思うのですが、谷崎の筆になる神戸(蒔岡家は芦屋ですが)の景観、そしてそこでの生活様式は、フィクションである点を差し引いても、実に豊かだなあ!と感嘆せざるを得ません。あるいはその「光」は上記の「影」と対になるもので、今は全体に過度にフラット化して、陰影に乏しくなっているのかもしれません。

ともあれ、今の神戸もとても素敵な街です。
そして私はこれからも折に触れて訪れたいと思います。
いずれ親しく神戸の魅力をお教えいただければ、幸いこれに過ぐるものはありません。

_ kat ― 2015年05月01日 23時22分38秒

私の絵をご覧になられて、書物を手にして下さり有り難いことです。
著者の西氏も神戸の人で綿密に街の記憶を掘り起こされる方です。
表紙の路次は、北野町に存在します。
是非神戸を歩かれますように。
夕刻は山の端にタルホの香りが漂います。

_ 玉青 ― 2015年05月03日 19時42分48秒

「星を売る店」のことを調べていて、katさんの作品や展覧会を、このところネット上で頻々と拝見します。アプローチは異なりますが、私もぜひあの街角に立つべく、いろいろ想を凝らしているところです。

夕闇が青い光に変じつつある神戸の山の端を想像しつつ、また徘徊する機会をうかがっています。

_ kat ― 2016年03月10日 01時01分34秒

著者の西秋生氏が、2015年の9月に星に成り足穂の元に行ってしまいました。あちらでさらに「星を売る店」の場所の探索をしておられる事と思います。

_ 玉青 ― 2016年03月10日 20時50分12秒

ああ…
お知らせありがとうございました。
今日はさっそく連想の翼を神戸に伸ばしました。
それにしても、こうなってくると、だんだん「あちら」の方が楽しそうに思えてきますね。
いずれ私もその輪に加われるなら、死もさして怖くはない…そんな気がします。
とはいえ、今しばし現世にとどまった身として、西氏のご冥福を深くお祈りします。

_ kat ― 2016年09月28日 12時13分18秒

この度、『ハイカラ神戸幻視行 紀行篇 夢の名残り』が出版されました。
幻視の街歩きのガイドブックとしてご覧くだされば幸いです。
巻末には地図も付いております。

_ 玉青 ― 2016年09月30日 06時11分47秒

やや、これは天界の西氏から素敵なメッセージが届きましたね!
これは紐解くのが楽しみです。
さっそくアマゾンで予約注文しました。(^J^)

_ kat ― 2016年10月02日 01時49分52秒

早速にありがとうございました。
カバーは、前著が夜の北野町で、今回は昼のトアロードです。
二册で一日の「ハイカラ神戸」になります。
幻視の神戸を彷徨ってみて下さい。

_ 玉青 ― 2016年10月03日 20時41分35秒

たそがれの幻影、白昼に見る夢…
先日、アマゾンから「配本が1か月遅れます」みたいな連絡が来て、ちょっと楽しみが先延ばしになりましたが、晩秋の午後の光の中で紐解けばこそ、神戸の幻想味はいっそう深みを増すかもしれませんね。

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