ある星図コレクションの運命2010年09月19日 20時15分05秒

(↑『東西の天球図-天文資料解説No.3』、千葉市立郷土博物館、2002)

千葉市立郷土博物館に、日本でも最高と思われる古星図コレクションを見に行ったのは、3年前の夏のことでした。

■大星図展(1) http://mononoke.asablo.jp/blog/2007/07/05/1626400

先日届いた「天界」(東亜天文学会)の9月号に、同館の元学芸員である多賀治恵氏の文章(「星座絵のルーツを探る」, 天界, No.1024, p.299.)が載っていて、あの華麗な展示風景を思い出しました。

以下に「天界」から一部引用させていただきます。

「博物館は、千葉氏と郷土の歴史・民俗をテーマにした、
歴史・民俗系の博物館で、その外観は天守閣作りの
お城である。このお城にプラネタリウムがあり、筆者は
天文担当の学芸員をしていた。歴史・民俗系博物館にある、
プラネタリウムという意義を踏まえ、天文事業の一環として、
天文学の歴史資料の調査研究、収集活動、展示にも力を
入れた。古書店をまわり、資料を探し、年に数点ではあるが、
資料を収集し、数十年かかり、内外に誇れる天文資料の
コレクションを所蔵するようになった。

 東洋や西洋の古星図や天文書、錦絵や観潮器具など、
興味深い資料がいろいろあるが、なかでも西洋の天球図は
美しい。手彩色でカラフルに色付けされたものや、色がなくとも
見事な銅版画で星座絵が描かれたものなど、眺めている
だけでも、楽しくなる。」

ファクシミリ版やレプリカではなく、オリジナルの本物だけでも以下のような資料がずらり。

ピッコロミニ星図、アピアヌス著「天文学教科書」、グロティウスの星座図帳、バイヤー星図、ブルナッチ天球図、シラーのキリスト教星図、セラリウスの天球図、ヘヴェリウス星図、ゾイッター天球図、ボーデ著「ウラノグラフィア」、ゴルトバッハ星図……他多数。

質・量ともに一級の資料であることは間違いありません。

さて、この長年にわたってこつこつ収集されたコレクションが、その後どうなったか?
郷土博物館のプラネタリウムは、私が訪問した2007年7月に運用を終え、千葉市の天文普及事業は、新設の科学館(運営は民間に委託)に移管されました。昔プラネタリウムがあった郷土博物館の4階は、現在、千葉市の近現代史展示コーナーになっています。

で、私は星図コレクションも新しい科学館に渡ったものと思っていたのですが、多賀氏の文章を読むと、どうも違ったみたいです。多賀氏によれば、「天文普及事業は、科学館に移行したが、天文資料は、千葉市立郷土博物館にそのまま収蔵されている」とのこと。

でも、郷土博物館のサイト(http://www.city.chiba.jp/kyoiku/shogaigakushu/shogaigakushu/kyodo/kyodo_top.html)には、この星図コレクションのことが、どこにも出てきません。

しつこくリンクをたどっていくと、「平成19年度 第2回千葉市立博物館協議会議事録」というのに、このコレクションの処遇が説明されていました。(http://tinyurl.com/24ck897

岡本委員長: 天文関係の資料は、どうなりますか。
宮野部長: 天文資料は貴重な資料でございます。資料をA・B・Cと
       ランク付けし、Aランクは、美術館収蔵庫に保管し、B・C
       ランクは郷土博物館収蔵庫で保管します。科学館は、
       指定管理者で民間であり、また温湿度管理できる施設が
       ないので、移管しません。科学館が企画展等で必要なとき
       は貸し出す予定です。

コレクションを解体して、金目の物は美術館、そうでないものは郷土博物館のお蔵にしまいこんで、他所で企画展でもやるなら貸し出しましょう…そういう計画のようです。

上の文はちょっと言葉がきついかもしれません。
でも、私は千葉市のやり方に一寸小首をかしげたので、こういう言い方になりました。千葉市民でもない者が何を言うか、とお叱りを受けるかもしれませんが、しかし、上の方針は先人の努力に対する敬意が至極薄いように感じられますし、コレクションが有する天文資料としての一体性もほとんど顧慮されてないように見えます(そもそもA・B・Cって何でしょうか。換金価値だけだったら寂しい話です)。
さらに、積極的に公開する気もないとなれば、結局「死蔵」に近い形となるのではないかと恐れます。はたして千葉市民にとって、それが良いことなのか、他所者ながら気になります。

マニアにとっては垂涎のコレクションでも、行政にとってはそうでもないようで、そぞろ哀れを催します。

(多賀氏も黙して語らないので、内情は分かりませんが、現場の担当者と上層部との間で、相当意見の衝突があったんじゃないでしょうか。単なる憶測ですが。)