デロールと庭師殿下2011年07月23日 13時31分22秒


(↑デロールPV風)

相も変わらぬデロール話で恐縮です。
どうもデロールのことを知ったかぶりをして書き散らしてきましたが、実はデロールのことを何も知らなかったなぁ…と、つくづく感じます。そもそもデロールの経営者は誰なのか、それすら知らずにいました。
こういう人事に属する話は、博物学本来の佳趣と相容れないでしょうが、でもちょっとゴシップめいたことも知っておくと、対象にいっそう親しみがわくということもあるでしょう。

   ★

さて、前置きはこれぐらいにして、先日偶然に次のような記事に出会ったので、それについて書きます。

■Animal House:Vanity Fair
 http://www.vanityfair.com/culture/features/2008/09/deyrolle200809

記事は3年前のデロールの火災事故と、その後の復活劇を報じたもので、なかなか感動的な筆致で書かれています。で、上で言いかけたデロールの経営者ですが、私は今まで物好きな園芸会社が、その経営権を買い取って、道楽半分で店を続けているぐらいに思っていたのですが、それは認識不足でした。

今の経営者は、「Prince Jardinier(庭師殿下)」の異名をとる、ルイ・アルベール・ド・ブロイLouis Albert de Broglie(1963-)という人物。多くの名士を輩出したフランス貴族の末裔・ブロイ家の出で、具体的にどういう関係かは分かりませんが、物質波を提唱した物理学者のルイ・ド・ブロイ(1892-1987)とも縁続きらしいです。
彼のニックネームは、デロールと関わる以前に、園芸関連事業で羽振りが良かったことに由来し、上記の「園芸会社云々」という情報もここから来ています。

記事の方は、彼が不思議な運命でデロールの経営者になったいきさつを、面白おかしく書いています。何でも、西暦2000年の正月、ルイ・アルベールは高名な占星術師から、ある予言を授かったというのです。曰く、「1年以内に一人のブロンドが現れて、あなたの人生を変えることになるでしょう」と。

後に夫人となるフランソワ嬢は、それをそばで聞いて当然ムッとしたそうですが(彼女はブルネットでした)、図らずもその年の暮れ、ルイ・アルベールは、当時デロールの経営者だったナタリー・オルロフスカから電話を受け、話の弾みで彼自身が新しい経営者になることが急遽決まったのだとか(ナタリーがブロンドだったことは言うまでもありません)。

記事は上のエピソードに続けて、デロールの初期の歴史が次のように書かれています。これまで耳にしたそれとは細部が少し異なり、資料として貴重と思うので、参考までに適当訳しておきます。

「高名な昆虫学者である、初代のジャン・バプティスト・デロールが剥製商売を始めたのは、1831年のことだった。彼は息子のアシルに店と博物学への情熱を譲り渡し、アシルはセイロン産のゾウを剥製にしたことで名を挙げた(その理由は想像に難くない。厚皮動物はもっとも剥製にするのが難しく厄介なものの1つだからだ)。アシルの息子、エミールが この伝説の地、バック街46番地に店を移したのは1888年のことである。〔訳注:以前の記事では移転は1850年になっていました。〕その頃には、デロールの商売は剥製作りにとどまらず、科学用の機材や什器、さらには印刷・出版まで手がけるようになっており、従業員は300人以上に及んだ。デロールはとりわけ教育用掛図で有名になり、それらは多くの言語に訳され、世界中で販売された。デロールは1978年まで同族経営を続けたが、同年に身売りした後、徐々に落ち目になっていった。〔訳注:ちょうどこの時代、1985年当時のデロールについて触れたのが、最近書いた「デロールがデロールだった頃」という記事です。〕」

こうして経営権が人から人へと移り、少なからず不遇をかこっていたデロール。
その行く末を心配するパリジャンの期待に応え、さらにそれを上回る復興を成し遂げたのが、庭師殿下ことルイ・アルベール・ド・ブロイだ…という風に、記事は彼のことを大いに持ち上げています。

実際、彼は片手間仕事ではなく、真剣にデロール復活に取り組んだらしく、2008年2月1日の大火の後で、軍関係者や多くのアーティスト、それにエルメスやクリスティーズが自発的に支援を申し出たのも、その人徳のおかげだったのでしょう。

庭師殿下は、早くも火災の翌日には、建物の店子一同とともに、黒焦げの焼け跡に集い、キャンドルを灯すと、不屈の聖歌「エルサレム」を歌い、再生を誓った…というのですから、なかなか意気軒昂な話です。

ともあれ、こうしてデロールは今も立派に商売を続け、多くの人々に愛されているのですから、庭師殿下の功績を称えることに、私もやぶさかではありません。

↓デロール復活を告げる庭師殿下。