「星を売る店」の神戸(10)…星店へのナビゲーション(後編の下)2015年06月20日 07時48分41秒

(今日は2連投です。前の記事も併せてお読みください。)

(MAP 6:「私」の夜の散歩道)

上の地図で、<中山手三丁目>から県庁前の<下山手四丁目>にいたるまで、市電が斜めに街区を横切っているのは、いったいどういうわけか、不思議に思われないでしょうか? 私も最初訳が分かりませんでした。

しかし、よく話を聞いてみると、この市電路線(山手上沢線)が開通したのは、大正10年(1921)8月のことで、それに合わせて道筋の付け替えが行われたのだそうです。この地図の発行準備段階では、まだその詳細が不明だったため、とりあえず旧来の地図に、予定経路だけ朱線で刷り込んだのでしょう。

(現代の地図。画面中央下、「兵庫県公館」が旧県庁舎の位置)

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市電開通とともに、この付近は急速に街並が整備されました。
下の絵葉書は、当時のこのエリアを写したもので、疾駆する自動車とモダンなボギー電車が、タルホ的世界を彷彿とさせます。

(夕映えの神戸山手通り。昭和初年の絵葉書。正面は東方の布引~摩耶山系。人工的に着色しているので、東に夕日が沈むような、変な具合になっています。)

左手前は第一神戸高等女学校。落成は大正13年(1924)。
その奥の塔のある建物は、兵庫県県会議事堂
さらに奥の、茶色く塗られた建物は、兵庫県試験場です。
また道路をはさんで右手にそびえる教会は神戸栄光教会で、これら3つの建物は、いずれも大正11年(1922)に完成しました。そして、この北側(画面左手外)には、前述のとおり山手小学校のモダンな校舎が大正10年(1921)に完成しています。

「星を売る店」の成立にとって、上記各年代には大きな意味がありそうです。

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足穂は大正10年(1921)に上京し、佐藤春夫の弟子として作家デビューしました。その後、大正12年(1923)に、兵役の観閲点呼のため明石に一時帰省し、そこで「星を売る店」を書いたのですが、執筆に先立って、彼は当然なつかしい神戸の町を歩き回ったことでしょう。

しかし、彼はそこに「自分の知らない神戸」を見出します。
 山手を往くボギー電車、
  見慣れぬ大通り、
   明治の洋館とは違った表情のモダン建築の数々…
足穂は小説の主人公と同様、そこに夢幻的な、表現派の舞台めいたものを感じ取ったに違いありません。

このとき、足穂は神戸をいわば「異邦人」として見る目を獲得し、それが「星を売る店」執筆の原動力となったのではないか…と私は想像します。足穂の「勘違い」も、彼の心の中の神戸地図に、突如として出現した、この奇妙な一角の影響かもしれません。

作中、「私」が「南側の歩道」にこだわったのも道理で、仮に北側の歩道を歩いていたら、そのまま中山手通りを直進する形になり、この新しい街路に踏み込むことはなかったでしょう。これは必然的に南側でなければなりません。

なお、この経路を歩くと、山手小学校の脇ではなく、その1ブロック南を通過することになりますが、それでもあえて小学校に言及したのは、足穂がこの場所を実見したとき、校舎建て替えのため、女学校の校地が一時更地になっていたため、山手小学校が素通しで見えたからだと推測します。

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さて、こうして、「私」は山手小学校と大倉山公園の中間にある交差点までやってきました。「私」はここで道路を渡って北側に移ろうとして、ついに「星店」を発見します。

 その辻から、北側の歩道にうつろうとした私は、辻をへだてた向うに―即ち、まんなかにスクエヤーをはさんだ歩道の私が立っている対辺のところに、青くかがやいた一つの美しいショーウィンドーを見たのである。

(画面をスクロールするのが面倒くさいので、MAP 6を再掲)

その場所は、下山手通5、6、7丁目の交差点のうちのどれか。
以前ご紹介した(http://mononoke.asablo.jp/blog/2015/04/29/)、ハイカラ神戸幻視行』の著者・西秋生氏は、7丁目説をとります。しかし、私はここであえて6丁目説をとりたいと思います。

さして深い理由はないのですが、6丁目のほうが、より小学校と公園の中間点に近いし、「私」がここで道路を渡ったのは、そろそろ家路に就こうとしたからだと思うのですが、そのためには6丁目の方が動線がスムーズだからです。

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もちろん真実は分かりません。
でも、現時点では「下山手6丁目交差点の西北角」を第一候補に推します。
地図上で青い星マークを付けた位置がそれ。これぞ「星店」の立っていたとおぼしき場所。(これは現在の「下山手6丁目」の表示信号よりも、1本西の筋になります。「星店」の位置には、現在ガソリンスタンドが営業しています。)


ストリートビューの画像を借りると、今ではこんな光景(矢印がガソリンスタンド)で、いくぶん散文的なムードであることは否めません。でも、若き日の足穂が見たら、このマッチ箱のような建物群こそ「表現派」めいて感じられたかもしれません。(お向かいの「アストロ工具」さんが、ちょっと星っぽいですね。)

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さて、彷徨の末にやっと「星店」にたどり着きました。
以上は長い前振りで、以下、話題は「星店」そのものに移ります。

(この項つづく)

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