天体議会の世界…製図ペン(3) ― 2013年09月01日 17時37分56秒
水蓮が手にしていた製図ペンに関する前々回の記事(http://mononoke.asablo.jp/blog/2013/08/30/6965379)に貴重なコメントをいただき、ありがとうございました。
今回の話題は、個人的に完全にアウェイの話題ですので、皆さんのお話をフムフムとお聞きするしかないのですが、とりあえず、これまで寄せられた情報をここでまとめておきます。
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原文の記述から、水蓮が所持していたのは、「高価な最新式の製図用極細ペンで、ペン先は針のように鋭く、硝子質。インクの出方は滑らかで、1ミリ幅に10本の線を楽に引くことができ、全体の大きさは胸ポケットに入るサイズ」というものです。
私自身は、製図用のペンでガラスのペン先のものはないと即断して、あっさりガラスペン説を放棄しました。それは市販されている(されていた)製図道具のセットに、ガラスのペン先の道具が見当たらないという、至極単純な理由によるのですが、事実はどうも違って、ガラスペンは製図分野でも用いられていたことを、コメント欄でご教示いただきました。
まず、astrayさんによれば、昔の工務店では、実際にガラスペンで図面を引いていたようです。それは何か特殊な道具というのではなしに、ガラスペンは普通の事務用品のような感覚で、現場で大いに重宝されていたとのこと。
また銀さんによれば、官公庁でも同様で、ボールペンが普及する以前は、ガラスペンが金属ペンよりも多用されていたようです。そして、現在もガラスペンを作り続けている佐瀬工業所製のガラスペンにも、よく見ると「図引」と書かれているものがあるので、ガラスペンで図面を引くこと自体は、別に珍しいことでも何でもないことが分かりました。
さらに銀さんは、上記・佐瀬工業所の師匠筋に当たる、元祖ガラスペン製造所である佐々木商店(後のササキガラスペン本舗)の広告を、戦前の官報に見出し、報告されています。そのうち、昭和14年の官報から、私の独断で切り出したのが以下。
(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2960281 ページは銀さんのご教示による)
その宣伝文句によれば、「如何に精密な図面の作成 或は細密な極細字記入にも最適なり。烏口の如く裏表なき為 老若男女を問はず使用簡単にして能率増進」云々とあって、ガラスペンは烏口の代用としても、また極細の字を記入するにも、大いに活躍したようです。
銀さんの記憶によれば、昔の細字用のガラスペンは0.3ミリ程度の線は安定して引くことができ、さらに「極細」ペンもあったので、この点でも水蓮の製図ペンの資格は十分ありそうです。
その上さらに、銀さんは戦前にアメリカのSpors社から販売されていた万年筆型ガラスペンにも言及されていて、これなら水蓮の胸元を麗々しく飾るにも相応しいですね。
(さっそく現物を探したのですが、eBayで見つかったのは、この紙モノ(当時の広告)だけでした。関心のある方は、item # = 140617955572で検索してください。)
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ところで、最初の私の誤解にもどって、製図セットになぜガラスペンが含まれていないのか? これは、製図の実際をご存知の方には自明のことかもしれず、己の不明を恥じるのですが、そもそも製図セットには、ガラスペンどころか、通常のペンも含まれていないのが普通です。もちろん、直線や曲線の墨入れには烏口を使うので、烏口は製図セットに必須です。しかし、それ以外の文字入れは、普通のペンを使っていたので、わざわざ製図セットにそれを入れる必然性がなかったわけです。
この辺の事情を、古い製図学の本から引用しておきます(神門久太郎(著)、『実用製図学(第5版)』、建築書院、大正2年)。
「ペン」 製図に文字或は数字等を記入するに用ゆるものにして、鋼製の尖り且硬きものなれば普通使用し得べきも、「スペンセリアン」会社製丸「ペン」を最良とす。独逸丸形文字を記するには、特に「ルンド、ペン」と称して其尖端の切れたるものを使用す、此「ルンド、ペン」には123等の番号あり文字の大小によりて異りたるものを使用す、又此「ペン」は普通の「ペン」の如く、墨汁を内側に附くるものにあらずして、外側の凹所にのみ盛りて記するにあり、否らざれば細き線を引くこと能はざるべし。」(pp.22-23)
前々回の記事で、レタリング専用のペンを紹介し、またその用法に関する解説書の頁を載せましたが、あれがこの「ルンド・ペン」の類なのでしょう。しかし、特殊な場合を除けば、文字入れに際してそれが必須なわけではないことが、上の文章から読み取れます。
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結論として、水蓮の製図ペンは、改めてガラスペン式のものを最有力候補に推したいと思います。ただ残念ながら、ここでその現物を紹介することができません。それについては、他日を期すことにします。
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…それにしても、『天体議会』の作品考証を、ここまで細部に渡って進めた一団がかつてあったでしょうか?「いや、ない!」という反語を以て、私もその一団に加われたことを誇りに思います。(^J^)
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